お祭りのお話。


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「越野」

名前を呼ばれたので、越野は後ろを振り向いた。
目の前にはシャボン玉が広がっている。鼻に当たって、ぱつんっ、と割れた。
石鹸水が散る。それが口に入ってひどく苦い。

「うわっ、何すんだお前」

更にふわふわと飛んできたシャボン玉をかわしつつ越野が言った。
後ろでくじ引きの順番待ちをしていた少年にあたる。

「あ、すんません」

反射的に謝り、越野はシャボン玉の持ち主を睨みつけた。
当の本人は可笑しそうにくすくす笑っている。
あまりにも反応が予想通りだったので可笑しくてならない。そんな感じだった。
その事に気づいた越野は、不機嫌そうにそいつに言う。本当は怒鳴り散らしたいぐらいなのだが、場所が場所なので。

「こんなとこで何やってんだ。周りの人に迷惑だろ!大体そんな歳でそんな図体で黄色いクマのシャボン玉とかキモいんだよ」

そのシャボン玉はくじ引きの5等(つまりハズレ同然である)の景品だ。
こいつが、列に並んでお金を払ってくじをひいているのを想像する。似合わなすぎてむしろ不快である。
上に吊り下げられてる景品に頭ぶつけそうだし。5等とか普通すぎて笑えるし。
選んだ景品がシャボン玉かよ。もっとマシなのもあるだろう。

「お前みたいのがこんなとこで突っ立ってたら邪魔だろ。こっち行こうぜ」

人でごった返している中でもわりと人が少ない所を選んで歩く。すると自然と会場の端っこの何も無い所に行き着く。イコール、何も面白くない。
ったく、どこからこんなに人が湧いてくるんだろう。祭り自体は好きなのに人ごみは好きじゃない。
大体こいつを連れてきたのが間違いだった。
ただでさえ大きくて目立つのに(それもまたムカつく)、首に黄色のクマのシャボン玉をぶら下げてのんびり歩いているこいつ。
何かよく分からないけどこいつの行動の一つ一つにイライラする。マイペース加減が腹立たしい。
植草と2人で来るはずだったのに何でこいつに声かけようと思ってしまったのだろう。
今後悔してもどうにもならない。とりあえず自分を抑えて平静を保ち祭りを楽しむ。今すべきことはそれだ。こいつは置いておこう。
さて、こいつはここに置いといて植草と焼き鳥でも買いに・・・
ん?

「植草は?」

いない。さっきまでいたはずなのに。
ん?さっきっていつだ。こいつがシャボン玉ぶつけてきたときはいたのか?いや、いない。
その前にジュース買いに行った時はいたよな?じゃあいついなくなった。今はどこに?
植草とはぐれた。あの植草と、目を離したら何がおきるかわからない植草とはぐれてしまった。

「おい仙道、植草は?」

訊いても無駄だと思いつつ、こいつ、このアホ、仙道に訊いてみる。癪な事にこいつは背がやたら高いので、俺が歩いているときに植草を見たかもしれない。
仙道はとぼけたような顔で(元々か?)あっさりと「あ、そういえばさっきから見ないね」と言った。

「見ろ。探せ。俺はさっきいた方を見てくるから、おまえは焼き鳥とかの方を見て来い」

きっぱり命令口調で仙道に言う。俺の世の中での優先順位は植草>俺>こいつだ。

「えぇー。俺と越野もはぐれたらどうなるのさ」

と仙道は文句を言ったが、俺が「お前ならどこにいても見つけてやるから安心して行って来い」と言ったらなぜだか上機嫌で探しに行った。
髪型といい身長といい、見つけられないほうがおかしい。


探しながら、考える。
・・・一年の時に部活で植草と知り合ったときから、考えれば俺は植草に振り回されっぱなしだ。
仙道にも多少振り回されてる感があるけど悔しいので考えないことにする。
植草ときたら、ちょっと目を離すとすぐいなくなっていつも散々探す羽目になるし、ものすごくドジだし、本当に目を離せない。
俺はもともとそういう類のやつには愛想をつかすのが早い方だけど、植草は不思議と面倒を見てやりたくなる。
友達にこういう事を言うのも何だけど、植草は非常に可愛いのだ。
俺が守ってやんなきゃ、という気持ちになってくる。
どう思えてくると植草の面倒を見るのがとっっっても楽しくなってくる。大げさに言うと今のところ俺の生きがいの一つだ。
普段なら誰かと祭りではぐれたってそのうち会うさと放っておくのだけど、植草の場合は探さなきゃ見つからないのでこうやって探しに行く。
丁度、さっきまでいた所の近くまで行くと、急に視界が真っ黄色になった。
一瞬また仙道かと思ってその黄色いものをばしっとはらって「おい、何だよ向こう探せって行っただろ」と言うと、
目の前にいたのが仙道じゃないことを知って顔からさーっと血の気が引いたのがすぐに分かった。
そして、もの凄く慌てる。植草が消えたときの600倍ぐらい、慌てふためいた気がする。
そう、目の前にいたのはその植草だったのだ。しかも、俺の言葉にショックを受けて早速目が潤んでいる。
真っ黄色だったのは、何これ、某クマの何とかさんの風船にプラスチックの車輪?というのだろうか、そんなのがついた子供向けのおもちゃ(か?)だった。
植草はそれも持ってうるうるしながら「ごめん、そんなに驚くと思わなくて・・・。」とふにゃふにゃの声で言っていた。

「うっ、うわっ、ごめん、俺仙道だと思って、本当ごめん、怒ってないから、な?わっ、何それ買ったのか?可愛いな!!」

我ながらどうしようもなくぐだぐだな台詞だと思ったが、とっさにでてきたのがこれだった。
頭の中で行われた処理は、謝罪→弁解→とりあえず機嫌を取る、だった。
なんと、その処理が大正解だったようで、植草はぱっと顔を上げる。

「あっ、越野もこれ可愛いと思う!?俺これ一目で気に入っちゃって、すっごい可愛いよね!でもこれ引っ張って歩くにはちょっと狭いなあ・・・」

そっちか。てか、その子供向けのものをひっぱって歩く気だったのか。
ていうか、そう力説するさっきまで半泣きだった植草が可愛すぎる。これだから、植草の面倒を見るのはやめられない。
植草は、可愛い。ものすごく、可愛い。自分の中で勝手にマスコットキャラクター化している。

「うん。可愛いから。とりあえず、これからは俺とはぐれるなよ、俺、今植草のこと探してたんだから。じゃ、行くか。焼き鳥買いに行こう。」

何だか一気にものすごく疲れた気がしたが、とりあえずそんなものはどっかに蹴飛ばしておいて、植草を歩くように促す。
しかし、視界の端っこに引っかかったあるものが強烈に俺をひっぱったため、それを買って、植草と一緒に歩く。
仙道もそっちの方にいるんだし。あいつならすぐ見つけられるし。とりあえず良かった。
別に仙道なんてどうでもいいやと思いながら焼き鳥を売ってるほうに歩いていったら、何とも腹立たしいものが視界に入ってきた。
仙道、普通に焼き鳥食ってるしね。俺、植草をそっちの方で探せと言いませんでしたか?
こっちが向こうに話しかけるより早くあっちが俺達に気づき笑いかける。

「あ、見つかったの?焼き鳥いる?」

差し出された焼き鳥を奪い取って植草に「全部食っていいから」と渡し、全力で仙道を睨みつける。

「何でのんきに焼き鳥食ってんだよ。植草探せって言っただろ。もし植草がそっちの方にいたらどうすんだ」

できる限り低い声で言ったつもりだったけど仙道には通じないらしく、「や、何となく越野が見つけてきそうだなあと思って。」と言った。
全く理由になっていない。何より俺が探してたり慌ててたり歩いてたりしたときにこいつがのんびり焼き鳥でも食ったのかと思うと腹が立つ。
・・・これ以上怒っていると自分が持たない。落ち着け。クールダウン。
自分にそう言い聞かせ、深く深呼吸し、できる限り冷静な声で「今回はそうだったから良かったけどいつもそうだとは限らないからちゃんと探しなさい」
と息継ぎなしで一気に言った。
仙道は、「うん、わかった」と本当に分かったかどうかわからないような口調で言った。
植草に焼き鳥を一本貰い、それを食べながら人の少ない所を目指して歩く。
・・・極力、植草から目を離さないようにして、だ。

俺の祭りの目当ては何より花火だった。花火。大好きだ。
祭りの会場にいたら人であまり見えないので近い範囲で一番高台の会場から少し離れた坂を上がる。
ここでは、植草は思う存分買ったアレをひっぱって歩いていた。
植草以外のやつがこんなのひっぱって歩いていたら絶対近づきたくないけど、植草だから許す。

坂には、同じ目当ての人たちが何人か集まってきていたけど、会場に比べたら人は少ない。
丁度花火が始まりそうな時間だった。そこら辺に座って、最初の花火が上がるのを待つ。
仙道は、相変わらずシャボン玉を上に向かって飛ばしていた。
植草は、相変わらず満足そうに買ってきたよくわからない子供向けのそれを見ている。
俺は、その内始まる花火を楽しみに待ち、上を見上げる。たまに目の前を横切るシャボン玉が不快だった。
花火は、まだ上がらない。

最初の花火が、合図のように上がった。
特大の、赤い花火だ。散っていくときに、黄色に変わっていった。
次々と花火が上がっていく。そして、数秒もしないうちに散っていく。うちあがる一瞬のために作られる花火。とても、きれいだ。
植草は、花火に釘付けになっていた。口が半開きなのが面白かった。
俺も、釘付けになっている。知らないうちに口が開きそうになったが気づいて閉じる。
仙道は、目の前に咲いている花火を見つつ、そっちに集中していないような感じだ。こいつのことは、よく分からない。

あっという間に次々と散っていき、最早終盤に差し掛かる。
色々な花火が、一気に上がっていく。何でこんな風に色が変えられるのか、形が作れるのが不思議でならない。
一つ一つの花火にいちいち感動してしまう。散るときにも、いちいち何かがじーんとくる。

ふと、視界に本来ないものが入ってきた。
シャボン玉。
何でこんな時に、花火の邪魔だ今すぐやめろと言いたくなったが、前を見て言葉を飲み込んだ。
シャボン玉に、花火が映る。一つ一つのシャボン玉に、たくさんの花火が、映る。
ひどく幻想的だった。言葉が、出なかった。
そして、両方とも、少し経って、散っていったり、割れていった。
また、何か、じーんと来た。
その花火が最後だったらしく、花火の音が続くことはなかった。

「最後の、すごくきれいだったね。」

植草がぽろっと言った。満足そうな、声だった。

「・・・そうだな。」

仙道が飛ばしたシャボン玉なので素直に認めるのも何だか嫌だけど、認めるしかなかった。
最後の花火は、一番、きれいだった。そして、一番儚かった。
怒鳴ったり、探したり、疲れたりして落ち着かなかったけど、最後の花火で全てがどうでもいいことのような気がした。
今日の祭りは、とても満足な気持ちでいっぱいになって終わった。
とても久しぶりに、仙道に感謝した。

「じゃ、またね」

仙道が角を曲がる。会場に戻らず、真っ直ぐ帰ってきた。
後ろを向いて、歩き出す仙道を呼び止める。
そして、植草を見つけたとき買ったあれを取り出し、振り向いた仙道に向かって、
引き金を ひいた。
銃口から勢いよく水が飛び出し、仙道の顔面にクリティカルヒットした。
大成功。思わず笑い出す。
あの時買ったものは、青いプラスチックでできた水鉄砲だった。

「うわぁっ」

完全無防備だった仙道は、素でそう声を上げた。
大満足。シャボン玉の仕返しだ。ずっと機会を伺っていて、どうせなら最後にしようと思ったのだ。
シャボン玉に感謝もしたけど、最初にひどく苦い味は忘れていなかった。水だから味が無いだけマシだと思え。
植草は一瞬よくわからないようにうろたえていたけど、やっと理解して控えめに笑っていた。

「ちょっ、越野〜・・・」

情けない声で水をはらいながら仙道は言った。

「シャボン玉のお返しだ。じゃーな。次の部活遅れんなよ。さ、行こ、植草」

最後にそう言い放ち帰り道を歩く。
今日の祭りは最高の花火でしめくくったが、今日そのものは最高の仕返しでしめくくった。

帰り道は植草と祭り楽しかったね、とか話しながら歩いた。
ほどなくして植草とも別れ、自分の家にも着く。


来年も、このメンバーで祭りに行ってもいい。



今日最後に思ったことは、それだった。








mischievousな人たち+天然ほのぼの可愛い子の祭りのお話。






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誕生日祝いに有耶無耶の椛葵さんから頂きました!

すっ…すごい…、好きすぎる…!!リアルに三途の川が見えそう><
まさか大好きな植草をこんなに使ってくださるとは思わなかったので
心の準備が整ってなかったのがマズかったです!まんまとやられた…!!!
椛さんの書かれる植草は本当に私のイメージどおりで(むしろそれ以上に
私の好みで)、非常にオロオロします、新しい植草みつけちやった!みたいな。
椛さんはどうしてこんなにも私のツボを押さえる術を知っているんだろうか。
椛さんて植草使いなのかな?超リスペクトしてしまう。ほんとに好きです!

植草の感想だけで原稿用紙何枚もいけそうですが、友達がいなくなりそうなので
泣く泣く終わります。越野さんも仙道さんも素敵すぎるから感想いっぱいあるけど^^
植草をあやす越野さんが可愛いすぎるし、我が道をゆく仙道さんも可愛い。
しかも3人でおまつり行っちゃうとか…何?その時点ですでに萌えるんですけど…。
ちなみに私的一番のツボは「植草>俺>こいつ」の部分でした。これすごくイイ!
椛さんほんとすごいよね!!シーイズアンビリーバブル!!神!女神!!
これだけ感想あるなら個人的に言えって話ですが、どうしても押さえ切れなくて…。
みなさーーん!!私の考える植草は、まさしくこれですからーーー!!(主張)

椛さん、本当にありがとうございました!