藤真はそんなに短気な人間ではなかった。でも、どちらかというと、短気な方に分類されるかもしれないが。
それでも、今回はかなり我慢した。ものすごく。
が、ダメだった。しょうがない、これは相手が悪い。
強行手段だ。これ以上相手の様子を伺っている必要はない。
どんなに粘っても相手が鈍すぎる。
そう、花形透は。





お薬のお話。




クリスマスの時は失敗したが、今度こそ成功させてやる。
何で失敗したんだろう?量を間違えたか?
クリスマスの時にはクッキーに少量の怪しい薬を混ぜた。バニラエッセンスくらいの量で。
きっと少なかったんだ。
今日こそは、ふりむかせてやる。あの鈍すぎる花形を。
そう、この媚薬で。

さて、何に薬を混ぜてみようか?正月も、三箇日を過ぎたらすぐ部活が始まるのでその時渡せばいい。
家にあったおせちとかも考えたけど、不自然だからやめておいた。
何に入れたら気づかないかな?いや、あいつなら何にいれても気づかないかもしれない。鈍いから。
不自然じゃなくて、なおかつ他の部員には影響を与えないもの。何かないだろうか。

色々考えながら、部活の用意をする。
ちょっとやってなくてもすぐ感覚が鈍るような気がして、今日が待ち遠しかった。
冬の選抜は終わったけれど(ちくしょう海南め)、監督がいないのでまだ俺がやっている。
他の3年も進路の心配がないので部活に出ても平気だ。
スポーツバッグに、タオルなどをつめた。
その時ぱっと目に入ったもの。
スポーツドリンク。
マネージャーが作っているけど、休憩して端っこにいる時はまたに俺が作ったりする。まあ、自分の分だけ。
なので、そんなに不自然でもない。粉末のやつならばれないだろう。
よし。これでいこう。
机の上にあった薬を、バッグにつめる。これは大して味や匂いがしない。大変便利ものだ。(どこで手に入れたかは秘密。)
惚れ薬と媚薬を足して2で割ったものらしく、媚薬の効果は薄れているがまあいいだろう。惚れ薬さえあればその後はどうにでもなる。

朝から気分は上々だ。翔陽に着くころにはすっかり脳内は幸せモードで、他の人から見れば気味が悪い位かもしれない。

「あ、藤真



後ろから不意打ち。この声は…っ
「お、おう!花形!!年賀状届いたか?」
思わず本人の登場に声が上ずってしまった。それにしても今年はじめて会った部員が花形とは幸先の良いスタートだ。
きっと神様も俺の味方をしてくれいるのだろう。
「藤真、今日の練習メニューは?」
やっぱり花形は真面目だな。会ってすぐ部活の話。もう大会には出られないのに。
そんな所が、やっぱり好きだ。
「えーっと、ちょっと体が訛ってるだろうから筋トレ中心。少し動かないと。」
たくさん動いて水分吸収!体にまわるのが早い。つまり一石二鳥!
花形は頷いて、だよな、と納得していた。俺より20cm程高い背。見上げると、ん?とこっちを向いてくれる。
この角度、イイ。

そんな朝から絶好調の俺に比べ、会う部員皆正月ボケ状態だった。やっぱり3日だけでだいぶ違う。
最初はやや邪念がはいっていたが、この状態ではそういうの抜きでやらなきゃダメだ。
監督として、正月ボケしてるこいつらを叩き直さなければ。
「ダッシュ20本!往復10秒!」
いつもは準備体操がてらだけど、今日はどのくらい違うか見てみる。
ぱん、と手を叩く。部員が一斉に走り出した。(まあ、俺も次の組で走る。)
だだだだだ、と壁から戻ってくる。大体7秒ってところか。いつも通りだけど、問題はここからだ。
最初の3本くらいはまだまだ余裕だが、4回目くらいから息が上がってきて、その内遅れてくるやつが出てくる。
うーん、ちょっと早すぎるだろ、これは。
「遅れたやつ遅れた分×腹筋10回な!次の組!」
俺もスタートラインに並ぶ。最初はそんなに頑張らなくていい。
ぱん、と手を叩く。それと同時に走り出す。
隣に花形がいる。さすがにこの位では全然動じない。3年生にもなればダッシュなんて準備運動だ。
結局レギュラー組は誰も遅れなかった。その位でないと困る。
それから多少の休憩をはさみ、また筋トレメニュー。

かばんの中からタオルを取り出しに行く。
タオルの近くにあった、液体の薬。

あ。
やばいやばい。今日の俺の課題はこれだった。忘れる所だった。
次の休憩で渡そう。平静を装って、普通に。ばれないように。
…うー、本人を目の前にするとどうしてこう出来ない気がしてくるんだろう。
大丈夫。絶対大丈夫。少なくとも死にはしないさ。効かなかったら効かなかったで直球勝負でもいいし。

筋トレの他に色々動いてくるにつれて、部員達も体がほぐれてきているようだった。
中にはくたばりそうなやつもいるが、まあ油断しすぎたんだろう。
正月ボケも吹っ飛んで、いつもの動きに戻ってくる。よし。明日からいつもどおりだ。
この練習は、俺は監督として見ている立場だったので、今がチャンスだ。
といっても、監督の俺だけじゃなく3年生は皆見ている立場だ。俺達が大会に出る機会はもうないから。

何気ない風に、かばんから薬を取り出しに行く。
小さなビンを手の中に隠し持って、そのままスポーツドリンクを作りにマネージャーの近くに行った。
別に不思議な光景ではない。気分的に自分で作りたくなっただけだ。そういう風な態度で、粉末のスポーツドリンクを作る。
そして問題はここからだ。何の違和感もなく、ビンをポケットから出し、普通に混ぜる。見つからないように素早く、だ。




やってる俺は緊張しまくりだが、周りはそんなことは気づいてないので別に怪しまれることもなく無事作れた。
自分のやつも作って、壁際に戻った。

「花形」
声をかけて、さっとボトルを差し出した。
花形は、ふ、と顔を上げて「珍しいな、どうしたんだ?」と笑った。
「新年サービス。」
と、にやりと笑う。内心、結果的に自分にサービスになるんだろうけど、とか考えながら。
花形が受け取る瞬間、これは俺のだということに気づき、ぱっと左に持っていた方を差し出した。
やばい。怪しまれたかも。
「?」花形は一瞬不思議そうに思ったような顔をしたが、何も言わず差し出された方を受け取った。
良かった。危ない所だった。
その後は、花形が薬入りのスポーツドリンクを飲んでいるのを見て心の中でガッツポーズをしながら、普段と同じ風に部活を進めていった。
花形を見るとついついにやけてしまうのを必死でこらえていたので、勘の鋭いやつなら怪しんだかもしれないが幸いそんなやつはいなかった。

部活が終わり、後片付けの後、花形の様子を見てみた。
薬が効き始めるのは飲んでから1時間後。…もうそろそろ。
ただ薬を飲ませただけでは始まらない。確かに惚れ薬だけど、それじゃー媚薬の意味がない。

…この後の行動が重要だ。

「花形、今日家寄ってかないか?」
ちょっと唐突過ぎたかもしれないけど、何も良い理由が思いつかなかった。
「いいのか?まだ4日だぞ」
と、花形は遠慮したけど、俺が良いというから良いの、と押し切った。
まだ薬は効いてないようだ。家に着いた頃に効きだしてくるだろう。
俺の家に行くまでの会話は普通どおりだったけど、内心期待半分不安半分だった。
ここで薬が効きだしても面白いけどやっぱり、とずっとそれのことばかり考えていたので、会話はいつもよりは適当な返事だった。

結局何の変化もなく家についた。
今日は家族は親戚の家に挨拶に行っていたが、俺は部活があるから行かなかったので、誰もいない。
だからこの日を選んだんだけど。(それに、本当に花形の鈍さに切れたからだ。そんな花形も可愛い。)
「お邪魔します」
玄関にはいって、花形が居間のほうに向かって挨拶した。
「いや、誰もいないから。親戚の家に行ってる」
靴を脱いで、俺の部屋がある2階に向かう。
最早期待と緊張はピークに達していた。部屋に着いて、かばんを放り投げて、ベッドにどかっと座る。
「今日の部活きつかったか?」
「いや、この位やってもいいだろ。部員達も正月ボケがぬけたようだし。」
等と、適当に会話をする。そして、様子を見る。
何も変化なし。今の所は。

おかしいな、もうそろそろ効き始めても良いんじゃないか?
もしかしたら花形のことだから、きっと部活で疲れているからこんな風になっているんだ、とか考えて自分を押さえつけているのかもしれない。
もう少し様子を見よう。

…イライラしてきた。間が持たなくなってきた。
薬、本当に効いてるのか?絶対直球で勝負に出た方が早いぞこれは。
勝負に、出てみようか?

「なあ、花形?」
恐る恐る声をかけた。
「ん?」
床に座ってバスケの雑誌を読んでいた花形が顔を上げた。
いつもの逆の目線だと思った。…それもまた良いかもしれない。
「何かさー、体に変化とかない?こう、何かもやーっとか、ムラムラーっとか」





俺はこの時もう少し国語の成績を上げたほうがいいかもしれないと思った。
「別に?どうして?」
う。何て言おう。
「いや、その、今日の部活筋トレ中心だったからちょっとは疲れてるかなーって」
何かさっきも似たような会話をしたような気がする。
「そんなに俺を疲れさせたいのか?あの位全然平気だって」
と、花形は笑いながら返答した。
まあ確かに別の行為で疲れさせたいのはあるかもしれないけれども。…それは置いといて。

「…何か、こう、うずうずーっとか、しない?」
しつこいよ、自分。でも訊かずにはいられない。性分。
「さっきから何なんだよ?部活で疲れてもうずうずはしないだろ」
さすがの花形も変に思ったようだった。それはそうだろうと思った。

あーもう、じれったい!

「花形、実は今日家に呼んだのは話があるからなんだ」
薬に頼ろうとする俺が馬鹿だった。こうなったら自分自身で勝負に出てやる。
「話?何だ、改まって。」
言え、俺!ここで止まるな!ここで言わなかったら花形は絶対いつまでも気づかないぞ!








今の俺にはこれが精一杯だった。







花形は何も言わなかった。きっとぽかんとしている。無理もない。もし俺が言われた立場なら(花形なら別だ。うん。)、その場から逃げ出しているだろう。

少しの間沈黙は流れる。とても苦しい。この場から消えたい。
恐る恐る花形の顔を見てみた。そろりと顔を上げた。

花形も、下を向いていた。
何か言いたいが何も言えない、といった表情だ。と、思う。
やっぱり言わない方がよかったかな。逆にお互いぎくしゃくする結果になったかも。急すぎたか?
でも、きっと、言わなきゃ始まらなかったからそれでいいんだ。後悔はしないでおこう。

あー、でも、うーん。
「返事ぐらいはいただきたいかなーとか思ったりするんですけれども。」
何で敬語になるのか自分でもよく分からなかった。
花形は考え込んでいる様子で、心なしか顔が赤かった。…俺の気のせいかもしれないけど。
その時、花形が無理矢理声を絞り出したというような様子で、

「えーっと、うぁー…。



と、本当に小さい声で言った。






また沈黙が流れた。何の沈黙なのか分からない。
でもその沈黙の間に、徐々に「もしかして両思い?成立?」という実感が湧いてきた。

そしてそれは最高点に達し、とうとう爆発して、気がつけば花形に飛び掛っていた。





…その後は、まあ、好きなようにとってください。




ちなみに、媚薬の説明書には「最初から対象になる人と関係が成立している場合には効果がありません。」と注意書きがしてあったとかないとか。








終わり。




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有耶無耶 の椛葵さんから頂きました。

図々しくも絵などを添えさせていただいたわけなのですが
やっぱりこんなに素敵な題材だけあって、ペンが進む進む!
本当に楽しく絵が描けました。そして彼らが一層好きになりました!
椛さん、素敵な小説をどうもありがとうございました☆